
日清どん兵衛は、たまに食べたくなる飽きの来ない味。
今や、うどんカップ麺は多くの人々に愛され続ける日本の文化の一つですよね。
昭和から愛され続けるロングセラー!
日清 どん兵衛
日清食品 どん兵衛 昭和当時のどんぶり型容器
どん兵衛(どんべえ)とは

1976年に販売されたどん兵衛のうどんに引き続き、その3ケ月後には、どん兵衛そば、翌年の1977年にはどん兵衛そば きつねそばが発売されました。
当たったどん兵衛のラインナップをスピーディーに広げつつ、当時日清は、うどんでは無く、蕎麦に力をいれようとしていたのでしょうかね。
更に1979年にはどん兵衛てんぷらが販売され、どん兵衛の基本となる「うどん・そば」製品がこの地点で整うのでした。

このお二人!山城新伍さんと、川谷拓三さんの名コンビは、昭和生まれであるならば、今でも懐かしく思うことでしょうね。お二人のボケとつっこみ的かけあいが、絶妙で日本のCM史に残るものだと思います。
昭和のどん兵衛の成長ぶりは、このお二人無くしては語れないことでしょう。
どん兵衛(どんべえ)昭和のプロモーション
どん兵衛のライバルと言えば?
ご存知、マルちゃん 赤いきつねと緑のたぬきです。
ライバルであるマルちゃんを引き離すために、日清食品がどん兵衛プロモーションとしてやったことは、マーケティング戦略としてとても勉強になるものでした。
【うまい戦略①】お揚げを大きくしてみる


お揚げが従来より1.5倍くらい大きくなって、これを見てしまったらマルちゃんよりどん兵衛を買ってしまいますね。上手い戦略です!
【うまい戦略②】どん兵衛のキャラクターを作る

キツネのキャラクターを作り、キャンペーンのバリエーショングッズを作り、どん兵衛の購買増に努めていったのですよね。
このキャラクター自体は、愛着するものとしては大きく浸透はしませんでしたが、グッズほしさで、同じ買うなら、マルちゃんよりどん兵衛を選んだ人も多かったことでしょう。
【うまい戦略③】年越しは、どん兵衛
生そばではなく、お手軽にカップ麺を年越し蕎麦として食べるプロモーションは昭和時代に打ちました。
これ見ていた当時の人々は、年越しくらいは、生麺を食べたいよ・・・
と感じた人も多かったかと思います。
最初は共感を得る人も少なかったかもしれませんが、
長年かけて年越しはどん兵衛のそばという考え方は浸透してきましたね。
世代が変わり、今では、年越しは、どん兵衛を食べようという考える人も増えていることでしょう。

こうやって、イチ消費者として、どん兵衛の歴史を見るだけでも、日清食品の昭和当時のマーケッターは本当に面白かったですね。
これからもずーーーーっとお世話になります!
日清 どん兵衛のご紹介でした。
日清食品 昭和なつかしい製品
今のデザインは麺の写真がついていますが、どん兵衛ブランドだったら、このシンプルデザインでも十分!どん兵衛なんですよね。